土から道具を生み出す歴史的産地、愛知県の常滑。その歴史は古く、太古から土器が製造され、陶器の産地として発展し、水道管や土管からタイルなどの産業として近代化してきた歴史があります。唐津と同じ陶器の産地でありながら、唐津焼のようにろくろをひき一点一点器をつくることとまた違った発展をした常滑の歴史を通じて、唐津焼の文化的発見があるのではないか。常滑を拠点に活動するデザイナーの高橋さんの産地を見る視点を交えながら対話会を行いました。
1980年大分県別府市生まれ。株式会社良品計画 生活雑貨部企画デザイン室に所属し主に無印良品の生活雑貨のデザインを行う。2015年より、中世より窯業が続くやきもののまち、愛知県常滑市に拠点を置く。地域福祉についてのプロジェクトをはじめ、地域資源を生かした仕事づくりを行うなど、人、環境を中心におき、やきものや福祉を主に地域の方々の生業や活動に伴走する。2016-2018年常滑市陶業陶芸振興事業推進コーディネーター。2017-2019年六古窯日本遺産活用協議会クリエイティブ・ディレクター。
こんにちは。デザイナーの高橋です。今回は唐津の皆さんと交流できる機会をいただき、ありがとうございます。まず、簡単に僕の経歴を紹介させていただきます。出身は大分県別府市。多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザインを専攻し、卒業後は株式会社良品計画に入社。企画デザイン室で主に無印良品の生活雑貨のデザインに携わっていました。2015年から愛知県の知多半島に移住し、常滑を拠点に活動しています。
やきものの話をする前にデザインとは何かというお話をさせていただきます。みなさんはデザインをどう定義なさいますか? じつは、建築家でありデザイナーでもあるチャールズ・イームズはこう答えています。「望む目的に最も良くかなうように、必要な要素を組み立てる計画が、デザインです」。このことばには僕もデザインの本質があるように思うんですよね。そして僕の場合、デザインの動機づけになっているのは常に「社会の要請と、私の強い関心」。そうしてこれまでも様々なデザインに携わり、現在に至ります。
現在僕が拠点にしている愛知県常滑市は人口58,919人。名古屋から快速で40分、中部国際空港も近く全国へのアクセスもいい立地です。なぜ常滑に移住したかといいますと、「作り手ありきのものづくり」に関心を持ったからです。良品計画時代は消費者が何を求めているかというリサーチから始まってアイデアを出し、デザインを固め、それを形にするメーカー選びを経て商品が完成。さらにそこから店舗を経由して商品が消費者に届くという流れでした。一方、作り手ありきのものづくりでは作り手とデザイナーの関係が近い。双方が直接話し合いながらデザインを推敲し、よりよいものを愛用者に届けられると感じています。
やきものの話に戻りましょう。日本のやきもの文化の始まりは縄文時代にまで遡ります。その中で、中世から現在まで生産が続いている越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の6つの窯を総称して「日本六古窯(ろくこよう)」といいます。古陶磁研究家の小山富士夫氏により命名されたのが昭和23年頃のことで、平成29年には日本遺産に認定されました。
中世の頃の常滑は六古窯の中でも最大規模の産地として栄え、丹波や信楽などにも影響を与えました。常滑で1000年ほど窯業が続いてきた大きな要因のひとつに「土」があります。常滑があった地域には650万から100万年前に東海湖が存在していて、常滑には今もここで育まれた粘土が豊富にあります。床が滑らかであることから「常滑」という地名がついたといわれるほどですからね。常滑の粘土は鉄分を多く含んでいて、他の磁器や陶器に用いる土よりも低い温度で焼き締まりやすい。そのため、釉薬をかけなくても水が滲んだり、漏れにくかったりする性質があるんですね。
常滑窯は瀬戸と同じく猿投窯(さなげよう※)の系譜にあたり、現在の常滑市が広がる知多半島には、平安時代末期から南北朝時代にかけて約2000基もの窯が存在し、今ではまとめて「知多古窯址群」と呼ばれています。釉薬を使わない焼き締め製法で大きな壺や甕も生産するのですが、大型の作品は作り手がロクロを使わず、自ら回りながら成形する「よりこ造り」で成形しています。
(※猿投窯…古墳時代から鎌倉時代にかけて現在の愛知県で稼働していた古窯群のこと。朝鮮半島から伝播した須恵器という土器をつくっていた。)
伊勢湾に面した立地を生かし、常滑焼は昔から海路を利用して東北や九州まで運ばれていました。代表的な生産品のひとつが、皆さんもご存知の朱泥の茶器。江戸時代後期より作られている中国の急須を模した茶器です。
鉄道や下水が普及する明治時代以降は、主に木型を用いた土管などの建築陶器やトイレなどの衛生陶器を量産するようになりました。常滑焼の陶祖と慕われる鯉江方寿氏は急須づくりにおいて中国人を招聘し美術研究所を開いただけでなく、近代日本の土木事業に欠かせなかった土管の開発に取り組みました。そして明治7年に真焼土管の開発に成功。土管の製造をはじめ埋め立て事業や後進の育成にも取り組み、この時期にやきものの町・常滑の礎が築かれました。
このように、常滑は日本の建築陶器の歴史と深い関わりがあるんですよね。ここでもう1人ご紹介したいのが、初代の常滑市長である伊奈長三郎氏。そう、現LIXIL(前INAX)の前身である伊奈製陶株式会社の創設者です。
長三郎氏の父・伊奈初之丞氏と長三郎氏は、フランク・ロイド・ライトが設計を手掛けた帝国ホテルと深い関わりがあります。当時の帝国ホテルに使われていたタイルやテラコッタは、知多半島の土を用いて特殊な焼成を経て作られたものなんです。そのため、愛知県の常滑に専用の工場が設けられ、伊奈長初之丞氏と長三郎氏は技術指導にあたったそうです。帝国ホテルの竣工後、長三郎氏は工場で働いていた従業員や設備を引き受け、伊奈製陶株式会社を設立したんです。後のINAXであり、現在のLIXILですね。戦後にはこうした工業的な焼物「陶業」を礎に「陶芸」への運動が興り、現在に至ります。
常滑市にある陶芸研究所は昭和36年、常滑の陶芸の発展を願った故伊奈長三郎氏の寄付をもとに開かれました。
伊奈氏のことばに「陶業の振興は、陶芸の土台になる。陶芸における美と技の目的は、陶業につながる」というものがあります。この精神を継ぐ陶芸研究所は開業時に3つのコンセプトが掲げていて、そのなかの1つが研究生を受け入れてやきものの技術指導をすることでした。実際に陶芸研究所は若手陶芸作家の育成にも熱心で、これまでに多くの陶芸家がここから巣立っています。
1000年という窯業の歴史がある常滑ですが、平成1年と平成26年の陶磁器製タイルの出荷額を比べると、その額は約8分の1に落ち込んでいます。ただ、「陶業の振興は陶芸の土台になる」という伊奈氏のことばどおり、多くの窯や陶芸家たちはすでに新しい作品づくりにチャレンジし、僕もデザインの面からそのお手伝いをしています。
たとえば、山源陶苑は「作り手が自ら売る」という販売方式を実現させようと、2015年にTOKONAME STOREをオープンさせました。ここに並ぶ製品は、朱色の伝統的な常滑焼ではなく、淡いパステルカラーのTOKONAMEシリーズが主体となっています。こうした今のライフスタイルに合う常滑焼を提案できるのも、この地にもともと良質な土と確かな技術が息づいているから。常滑焼の伝統と文化はこうして作り手によって更新されながら、これからも受け継がれていくんだと感じています。またこの施設では、山源陶苑が実際に使っている型を使って大人も子どもも陶芸体験を楽しむことができます。
常滑での僕の仕事でいうと、2021年に急須専門店問屋の丸よ小泉商店さんと作り手である陶仙陶園さんと共同で、丸よ小泉商店オリジナルの急須の新ブランド「chanoma」シリーズの制作に携わりました。土づくりからはじまり、ロクロで成型されたパーツを組み立てて釉薬をかけずに焼き上げています。セラメッシと呼ばれる細かい穴の茶こしの効果で最後の一滴までお茶を注ぎきることができ、簡単に洗い流せるデザインになっています。
2017年から2019年にかけては六古窯日本遺産活用協議会クリエイティブ・ディレクターとして各窯を取材し、それぞれのやきものの特長や作り手の素顔、想いなどを発信する仕事に携わりました。イベントやワークショップなどをとおして多くの方に日本の伝統あるやきもの文化の魅力と今に活かすアイデアをお届けできたのではないかと思っています。
こちらは2021年の取り組みですが、常滑でやきものに関わる作り手と、地元の福祉施設ワークセンターかじまの利用者さんとが連携し、新しいものづくりに挑戦しました。施設内の敷地で採掘した土を用いて、陶業や陶芸に関わる人と障害のある人がいっしょに布を染めたり、紙に漉き込んだり。また、建築陶器メーカーと新しいタイルの制作も行うなど、ものづくりをとおしてともに新しい表現の在り方を探りました。
2022年には、無印良品の企画展「FOUND MUJI」で「土づくり」「成型」「焼成」の3工程に焦点を当て、常滑のやきものづくりを紹介。作り手と対話をしながら地元の土や技術を活かしたやきものを選んだり、新たにつくったりしました。赤褐色のやきものに内包された科学を探求し、可視化する試みでもありました。
このように常滑を中心に様々なやきものに関する取り組みに携わっていますが、いろいろな作り手と関わりやきものについて深く知るほどに、まだまだ新しい気づきは多く興味も尽きません。それぞれの土地にそれぞれの進化の手法や活かし方、受け継ぎ方があります。そして、唐津は常滑とはまた異なるやきもの文化が息づく地です。作り手の方々との対話をとおして互いにアイデアを交換できるのをとても楽しみにしています。
参加者:近代化と共に時代の要請を受けて産業化されていく常滑の姿をみて(唐津と真逆にあるようにも思える産地)改めて唐津焼、または唐津という風土についてどう感じましたか?
参加者:高橋さんの活動は、常滑を軸に、産地からの視点と現代的プロダクトを手がけるデザイナーの両方の視点を持たれていて大変興味深い。方や唐津焼は、陶芸家の手の感覚と経験の蓄積による創意工夫のデザインといえます。図面から生まれた美ではなく、歪みや偶然性も魅力です。これは量産のプロダクトでは生まれない一番の魅力だと思います。
参加者:常滑ではタイルを粉砕し、別の原料と混ぜてマテリアルリサイクルを行っている話を聞きました。唐津ではまずは生産量が多くないものの、マテリアルリサイクルという考え方は全然進んでいません。窯元から廃棄される陶器を集めて粉砕し、配合することで唐津らしい建材のマテリアルが開発できれば、「住」に対する提案ができます。粉砕機1つの投資で出来そうですし、個人的に研究したい領域です。
参加者:土の文化は、縄文土器からはじまったと仮定するならば13000年前になりますが、土にはまだまだ未知の領域と創意の余地がふんだんに残されています。火と化学反応すれば器になり、水と合わせれば我々にとって大切な食を育ててくれます。宇宙開発においても土と同じ環境を宇他の惑星や宇宙ステーション内で実現できるか研究されていたり、洋上では、温暖化による影響で海面上昇後の世界、土がない海上で食を育て暮らしをつくるプロジェクトが世界で研究されています。どちらも土がキーワードになっていることが大変面白い。
高橋さん、ありがとうございました。今後も土の産地としてお互いの活動報告や交流できれば幸いです。