他の惑星になくて地球だけにある「土」。「土壌」とも呼ばれ、植物を育み、大地を覆って生物が繁栄した。地球とほぼ同じ原料でできている月にも、かつて水が存在していた火星にも土は存在しない。金澤バイオ研究所から生まれたバイオ肥料「土の薬膳」は、有機物と微生物の発酵の熱だけで作られ、土のもつ力を最大限活用して開発されたプロダクト。そんな土の力について座談会形式で話を伺いました。
参加者:金澤バイオ研究所が開発なさった「土の薬膳」について詳しく教えていただけますか。
金澤聡子さん:「土の薬膳」は、HT菌による「高熱・好気発酵法」でつくる土を健康にする肥料です。通常の発酵では内部の温度が60度から70度くらいまでしか上がりませんが、超好熱菌の働きだと発酵中に温度が90度くらいまで高くなるのが特徴です。約90度の熱で高温発酵しているので病原菌や雑草の種なんかもすべて消滅するので安全だし、たとえば牛糞などでもまったく臭いがせず、クリーンです。
金澤教授:内部の温度が100度を超える場合もあります。高い温度によって病原菌や寄生虫が抗生物質によって死滅するんですね。土の残留農薬やダイオキシンなどの有害物質を軽減する効果も実証済みで、JAXAの宇宙農業にも採用されています。
金澤聡子さん:火星で何年間か生活できるような農法を知りたいということで視察にいらしたんですよ。宇宙船の中で排泄物を処理する時や宇宙で農業する際に、この方法なら安全に処理できるということでお声がかかって。
参加者:HT菌という特殊な菌のおかげなんですね。
金澤聡子さん:微生物の力で、たい肥化する時も水だけで80度まで上がります。電気を使わないから環境にも優しいし、牛糞とかも資源化できる。土が未熟じゃないから育てた野菜を生で食べても安心です
参加者:超好熱細菌は自然の中から採取するのですか?また、完熟ってどういう状態のことなんでしょうか。
金澤教授:最初は自然から採取して、それを大事に増やしていきます。微生物は温度が10度上がると反応スピードが約2倍になる。だからものすごいスピードで完熟までいっちゃう。完熟とは温度が上がって堆肥化された状態です。土が未熟だと土の中にいる病原菌が全体に広がっちゃうんです。広がらないために完熟させるのが肝心。
金澤教授:無農薬栽培の場合でも、十分に発酵していない未熟な肥料で育てられた野菜には、大腸菌などの有害な物質が混入している場合が多いんです。生野菜を食べて食中毒になるのは、土が完熟していない可能性が高いですね。
金澤聡子さん:土の未熟とか完熟とか、一般的にはまだほとんど知られていないけど、すごく重要なんです。私たちは完熟度をはかる装置を発明して、土が熟したかどうかを確かめています。このキットは愛知の愛・地球万国博覧会で「愛・地球賞―Global 100 Eca-Tech Awards」も受賞しました。それくらいきちっと熟した土は世界でも求められているんですよ。
参加者:日本でも農薬の代わりにこの完熟した土を使うように変えていけたら、いいこと尽くしだと思うんだけど。
金澤教授:そうだよね。あと、化学肥料は土から流れて、海にいく……少し前にニュースで見たんですが、ウニの色がグリーンでした。あれは水田とかから一斉に農薬が流れていくからなのかもしれませんね。
参加者:僕の友人に海士さんがいて、彼は1人でウニを守る活動をしてるんです。今、ウニのエサになる藻を食べるガンガゼが大量発生して困っているので、これを駆除して、海底に藻を植えて藻場を育てる活動をしています。そういう活動をしていると、川の状態やもっと上流の水田や森、山の状態も気がかりだと話していました。
金澤聡子さん:そうですね。山と海はつながっていますから。
参加者:この活動を人で20年間やって、少しずつ取り上げられている。現場の話だけでなく教授のように研究をされるような人がいて、研究結果でその活動の必要性が裏付けされれば、きっともっと賛同者の輪も広がると思うんですよ。
金澤聡子さん:そういえば、博多湾の人からもアオサがヘドロで大変だからと相談がきました。いろんなところに弊害が起きていて、すべて連鎖しているんですよね。
参加者:たとえばサザエの貝殻とか、海で出た残渣(ざんさ)を活用して肥料を作って上流にある水田をきれいにして、海に流れてくる水もきれいにして、そうしてきれいな海を全体で育んでいくようなモデルケースをつくりたいですよね。
金澤聡子さん:できると思います。漢方のような東洋医学の考え方を土の世界に応用させた肥料です。九州圏内で廃棄しているアガリクス、豆腐を作った後に出るおから、精米した後に出る糠、あと牡蠣殻なんかも使って作っています。
参加者:海で出た残渣を使ってこの肥料を作り、上流の農家さんで使ってもらう……たとえば、酒米育ててその酒米で日本酒を作って、今度は米ぬかも肥料に使って……と、こういう循環ができるんだよ、いいんだよっていうことを広めていけたらすばらしいですね。
金澤聡子さん:今福岡市内のカフェではコーヒーのカスとかを発酵させて肥料にして、麦とかコーヒーも育てています。そうやって、生産の現場で出たものを自然に還して再生につなげていけたらいいですよね。どこかで大量に作ると輸送が大変になるので、その土地で出た残さを使ってその土地で肥料を作る「地消地産コンポスト」っていうのをやりたくて、実際に問い合わせも多いんですよ。
参加者:やりたいと思っている人はたくさんいるんですよね。捨てるはずだった牡蠣殻が肥料になって、次に使ってくれる人がいて、キレイな水としてまた海に戻って……ってなったら最高じゃないですか。
参加者:唐津の離島・高島でもハーブの残渣や貝殻や魚のアラなど、たくさん残渣が出ています。それらを地産地消で肥料にして、島の農産物に活かす。そうするとムリなくサイクルができていくわけですね。
参加者:「土の薬膳」を地域レベルでやれば、自分たちが住むエリアの環境が良くできるかもしれない。個人の力じゃなくて、もうちょっと大きな集合体の力で生ごみを持ち寄って肥料化して、地元の農家の方に使っていただくとか。
参加者:島から1年間、生ゴミが出ていないとか、そういう実績が出せたらこの取り組みの良さが分かりやすく伝わるかもしれない。肥料作って、主に島の肥料にして、生ゴミゼロになれば島のゴミ廃棄の問題にも有効ですね。
金澤聡子さん:考えてみたら島も宇宙船も同じ、どうやってゴミを中で処理するかは大きな課題です。国とか大企業とかがいきなり何かを変えてくれることはない。私はもうそこはあきらめているけど、もし変えていけるとしたらこうやってローカルで、みんなで変えていくしかないですよね。上の人たちが無視できないような状況をつくれば、一点突破できるかもしれません。
金澤聡子さん:「土の薬膳」は有機物と水と菌があれば、大したエネルギーを使わずにできるし、何億もかけて大きな工場を立てる必要もありません。すごくアナログで環境にも優しいし、何よりも廃棄物だったものがいい土になって、その土地の栄養になって、また産物になって再生するところがポイントです。
金澤聡子さん:僕の祖母も畑をやっていて、堆肥を撒くと土が熱を持つというところはイメージできるんですが、90度くらいまで熱が高くなるっていうのは初耳で、面白い。その土地の残さが使えるのもそうとういいですね。
参加者:素朴な疑問なんですが、海外では絶対使っちゃダメな農薬が日本では使えていますよね。自然環境に悪いものに平気でOKが出ているのはどうしてなんでしょう?
金澤教授:1つは企業との兼ね合い。で、もう1つが重要なんだけど、日本は稲作とか畑とかで苗を植えて働かなくちゃいけない時に梅雨がきて、ものすごい勢いで雑草が生えてくるわけです。この自然環境に、現代の農家がとても耐えられなくなっています。農家に限らず日本人全体の話でもありますね。無尽蔵に生えてくるんです、草って。だから、農家は常に雑草との戦い。本当に腰が曲がるくらい働かないとできないのよ。
金澤聡子さん:雑草取りが大変だから除草剤を撒いてしまうわけですね。昔ながらの農法を守るとしたら、除草をラクにする農機具や技術を開発する必要がありそう。今、気が利いた小型の農業用機械も出てきているから、そこともつながって課題を解決できたらいいですね。
参加者:まあ雨量が多い分、日本はたくさんの種類の植物が生えているから、土地の保水量が高いんですよね。
金澤教授:そう。日本の土の生成量はアメリカの10倍以上。日本は雨量が多くて植物が育つ力もハンパじゃない。そこはメリットだよね。だから、雑草の問題さえなんとかなって日本の気候に合わせた機械が浸透すれば、オーガニックの農業でもある程度規模を拡大してできるようになる。逆に今はチャンスかもしれないね。
参加者:HT菌って衣料や住宅の開発にも役に立つとうかがっています。
金澤聡子さん:金澤バイオ研究所のモットーは、役に立つ研究。世の中の役に立ってこそ意味があるんですね。私は土の専門家でも理系出身でもないけれど、このHT菌はいろいろなソリューションに役に立つからおもしろい。ここ10年くらい、衣食住をテーマに色々な研究や開発に取り組んでいて、徐々に定着しつつあるんです。
参加者:たとえばどのような?
金澤聡子さん:たとえば「衣」でいえば、原発事故が起きた時に山のような防護服や不織布が出ましたよね。それをこの菌で分解して、土に還る防護服をつくりました。結局、いろんな事情で採用にはつながらなかったんですが、技術は確立しました。で、次はコロナ禍に土に還る防護服のビニールを応用して、ウイルスをはじくバージョンをつくったんです。知人にデザインしてもらって防衛相や環境省の人にも説明に行ったけれど、価格の面で折り合いがつかず、採用には至りませんでしたが。
参加者:今、洋服の廃棄問題ってすごいですよね。
金澤聡子さん:何万トンと破棄していますからね。でも、私たちの活動を見て「服って分解できるんだ」と知った衣料メーカーの方から、ずいぶん多くのお問い合わせをいただいています。レザーのメーカーさんも「廃棄する革が多いんだけど、命のものだから捨てられない」と悩んでいらして。でも、これなら分解できる、と。
参加者:お洋服は金澤バイオ研究所の土で分解するのですか?
金澤聡子さん:ええ。有機物の分解と同じで、微生物燃焼マシンに入れると分解してボロボロになる。狭い空間で分解できるし、衣食住のいろんなソリューションが可能なんです。「住」の活用法としては、土壁とか建材など少しずつ広がるようになっています。岡山にある産廃業者さんからは屋根瓦を再利用したいというご相談がありました。砕いた屋根瓦をいろんな用途で再利用しようと研究中です。普通の土にもなるし、研磨剤にもなるし。
参加者:唐津を含め焼物の産地も結構出るんですよね。失敗した焼物とかも割ってしまうけど。そういう再利用法があるんですね。
金澤聡子さん:以前、酵素風呂の研究の相談をいただきました。温度が低かったり臭ったりという問題がありますが、木くず、ヒノキのくず、米ぬか等と一緒に混ぜて再利用すると気持ちがいいんです。廃材ベースなんですが、菌を変えたらどうなるか、今、実験を行っているところです。
参加者:本当に様々な現場で活用され始めているんですね。刺激になります。
金澤聡子さん:さっきの海士さんのお話でもそうですが、環境にいいことをやっていても、地道な活動は大きな流れにすぐにつぶされてしまうところがありますよね。でも、今は昔よりも発信しようとしている人のパワーが大きい。SNSとかで活動を発信して知ってもらえたら、賛同者やアイデア持ってる人を募ることができます。そこを利用したいなと考えています。
参加者:SNSで発信するときは、誰も批判せずに仲間をつくろうというノリが大事ですよね。
金澤聡子さん:そうそう。何かが悪いからこうするべきだ!ではなくて、自分たちの活動を理解してくれる人、チョイスしてくれる人たちを募るようなスタンスが大事ですね。うまく発信できれば物事はかならず動くから。
参加者:僕の友人の海士さんと金澤さんたちの活動は、土と海で現場は違うけどアプローチは一緒だから、絶対に会ってつながってほしいな。彼は20年かけて藻が育つ海を守ってきたけれど、漁師の力だけじゃ田んぼは変えられないし、結局は海に流れる水も変えられないから。
金澤聡子さん:ええ。今回の話は私も響きました。オーガニックな土や野菜に興味があるのも、もともとはお魚が好きだったからだし。
参加者:唐津焼では土づくりから自分たちでやるんですが、こういう焼物の生産地は全国になかなかいないんですよ、大変だから。要するに化学原料の釉薬とかを使って色を出す産地もあるけど、長年使うと釉薬は剥げて……つまり人がそれを食べているんですよね。だから唐津はそういう使わずに自然のものだけでやっている。ちょっとでもオーガニックなものを器にするとか、残渣を釉薬にするとか、そういう方法はいくつか持っています。植物の残渣とか燃やして取り組みはしているけど、今回の生ごみの堆肥化のような必要ないものを必要にするという話はとても興味がありますし、これからもやっていきたいことです。
金澤聡子さん:唐津焼の色って本当に素敵ですもんね。ゴミにして捨てるのに困っているくらいなら、再利用して世の中に役立てた方がずっといい。
参加者:地元の酒蔵さんとも交流があるんですが、酒米の稲わらを焼いて釉薬にしようとか、そうして作った酒器で地元の酒を飲んでもらおうとか。自分たちで作った釉薬を販売できるとこまでいけたらいいね、と話しています。
金澤聡子さん:みなさんのように環境のことを考えていらっしゃる作家さんも増えましたね。デニム屋さんにもサポートいただいて、デニムの残渣を使って世界観のある土壁を作る企画もありました。私たちの活動を手伝うよという人は、現場で話をききたいと言ってくださいます。そうしたら現場の空気感をわかってくれる。だから私もいろんな現場でヒアリングしまくってるんです。今回の座談会もとても勉強になりました。
参加者:こちらこそ、陶芸分野以外の土の可能性を知ることができました。ありがとうございました。