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土をめぐる対話:
「土を知ること。そもそも土って何だろう?!」
対話者:金澤バイオ研究所 所長 金澤 晋二郎氏

空気と同じくらい当たり前に私たちの生活する土台となっているこの大地。4大元素の一つといわれ、私たちに恵をもたらし、暮らしを支える産業を生み出し、時に宗教における神や芸術に表現される。そのような土について私たちは実は何も知らない。土は何をもたらしてくれるのか?いま土に何が起きているのか?これからの暮らしや文化を見つめ直すためのヒントを探りに、土の研究者・金澤晋二郎先生と対話しました。

金澤バイオ研究所 所長 金澤 晋二郎氏

まず、土壌とは何かからお話ししましょう。陸上植物が出現した頃を土壌の起源とすると、4億1千年前のシルル紀に遡ります。やっといろんな生物が陸上で生息し始めた頃ですね。人類が食糧を生産するには18センチメートルくらいの厚みのある土壌が必要ですが、約1センチの土壌の生成には200年くらいかかると言われています。現在、土壌の損失は土壌生成の10倍の速さで進んでいて、地球上に生命を育む土がどんどんなくなっている。土壌の破壊とは地球の物質生産の破壊であり、地球上の物質生産はまさに危機的状況にあります。

世界の土壌荒廃の状況

世界の中で特に土壌荒廃が進んでいる国はアメリカ──世界の半分の食料を生産している国です。続いてアフリカや地中海、ヨーロッパ、中国もひどいし、インドもとんでもない状況。毎年地球上から日本の農耕地(480万ヘクタール)以上の600万ヘクタールの土壌が消失し、日本の人口に近い約1億人が増加していると考えてください。ただそんな中、日本だけがまともで、非常に健康な土壌が維持されています。

土壌の荒廃とは、風雨によって床土が流出してしまうということ。たとえば、春先に農耕地を寒波が襲うと、風で土がみんな飛んでいってしまいます。1930年代、グレートプレーンというミシシッピー川が流域の中央大平原で干ばつが起こりました。耕してはいけないところを耕してしまったため、春先の干ばつ時に風食で大量の土が舞い上がってしまい、大都会に砂塵が降ってきた。それがきっかけで初めて土壌保全という発想が生まれ、いろいろな農法も開発されました。

中国もインドも世界の耕地における土壌流出の推計を見てみると、すごいことになっています。インドや中国は特に深刻ですね。今の段階で地球表面にある土を守らなければすべての命が失われる恐れだってあります。
東ヨーロッパや北アメリカには、チェルノーゼムと呼ばれるきわめて肥沃な黒色の土壌が存在し、別名「土の皇帝」とも呼ばれています。でも、これもものすごいスピードで消え去ってしまっていて、その代表が今戦火の中にあるウクライナですね。

世界の耕地における土壌流出の推計

有機物が棲む腐植土というのは、非常に大きな力を持っています。土の中の窒素やリンなど生長に欠かせない栄養素をたっぷり保持して植物に渡せるのは有機物だけ。有機物は土壌の要、お母さんみたいなものなんです。
1955年のCarter&Daleの言葉に「文明人は地球の表面を渡って進み、その足跡に荒野を残していった」とあります。文明人は長年住んでいた土地を収奪しながら地球上を移動し、その結果、進歩的な文明を生み出しはしたけれど、その足跡は荒れ果てた大地である、という皮肉です。戦争に1、2回負けても国土が健康ならば文明は滅びませんが、国土が消耗したら進歩的な文明の継続はあり得ません。土地利用の重要性について、歴史家は全く注目していない。今のギリシャを見てごらんなさい。かつては大森林が都市を覆っていたのに今は砂漠のようですから。

一方、地球温暖化を防ぐ研究の一環でブラジルに行って、私は驚きました。巨大なアマゾンを持ち、緑に覆われている国が、森林の一部を耕地化して森林土壌の地下水涵養と、農耕土壌食糧生産機能のハイブリッドをやっていた。これは森林と農耕がお互いを補完し合う仕組みです。砂漠などない国なのに、すでに森林や水源の保全を始めていたんですね。
人類生存の要である理想的な国土の活用法は、この森林の農畜と林業のハイブリッドだと私は考えます。その国の森林がどのくらいの保水力を持っているのかにかかっているところが非常に大きい。じつは、日本の国土の約7割は森林で、世界に誇るべき森林大国だということをご存じですか。世界の先進国を見ても、森林の割合が6割を超える国は、日本、スウェーデン、フィンランドのみ。森林は日本の水甕であり、重要な水資源です。この水甕を保持するためにも私たちは間伐をし、竹林の侵入を防ぎ、鹿を防除するよう努めなくてはなりません。

次に土に棲む微生物についてお話ししましょう。まず、地球の歴史と微生物について。生命の進化の道筋は46憶年頃から始まりました。海の誕生から5、6憶年が経って細菌や微生物が出てきたんですね。陸上生命のあらゆる機能性を持っているのはこの微生物。たとえ原子炉が爆発しても微生物は平気です。熱への耐性もあるし、深海とか表層圏にだって漂っています。

酸素の放出が始まったのは35億年前ですから、そもそも生命体って酸素の無い所で生まれたということになります。酸素がどんどん増えるとアメーバーやカビなどの真核生物が出てきた。そして、大気中にも酸素が放出されるようになると今度は真核生物が集結して、生物は陸上にも棲めるようになった。これがほんの2億年前の話。それまではほとんどの生命体は海の中にいたんですね。海水っていうのは生命の源なんです。

生命の進化の道すじ

生命が誕生した約40憶年前と似た極限環境下の深海に温度350℃という熱水噴出口があります。このあたりは硫化物やミネラルが豊富で、嫌気性超好熱細菌という古細菌が生いています。それだけミネラルっていうのは生命にとって大事なの。人間もミネラルがないと生きられません。そして、一番重要なのは、酵素を補う補酵素であって、これがないと生命は機能しません。

人間と細菌の大きな違いは生命体の拡散の方法です。人間の場合は核膜というカプセルに入っていて、この核膜っていうものがものすごく種の変化を阻止している。一方、細菌の細胞はひとつの所に集まってない。だから混ざり合いやすくて、変異を起こしやすい。バクテリアなんて変幻自在でしょう。
これは根に集まってきた微生物の様子。蛍光色になっているところがたくさんの微生物。根は、光合成して得た有機成分の約半分を出して必要な微生物を根に引き寄せるんですね。これを根圏微生物といいます。

土の中にどのくらいの微生物が生息しているかというと、いい土ならば1グラムに1憶ぐらいは棲んでいます。畑の土壌10アールに生息する微生物の量は約700キログラムもあり、それだけ土の中は微生物の宝庫であり、酵素の塊だともいえます。
微生物は人間でいうところの小腸と思えばいい。たくさん酵素を出して、そこから栄養を吸っています。では、微生物の栄養素って何だと思いますか。今、世界中の肥料成分に欠かせないのが窒素で、その量が菌体はすごく多い。次いでリンやカリウムの量もトウモロコシとかアルファルファとかよりも多い。要は、微生物とは窒素、リン、カリウムの塊。多ければ多いほど肥沃な土になります。

窒素って最も作物に効くんですね。ドイツ人は1908年に高温高圧下で窒素と水素を反応させてアンモニアを合成する「ハーバー・ボッシュ法」の研究を行い、1913年に工業化に成功しています。これは、20世紀最大の発明とも言われ、世界大戦によって死滅したかに思えた土地でも、いくらでも作物生産ができるようになった。だからこの100年間に16億人だった世界の人口は60億人に増えたわけです。では、1961年からの46年間で世界の窒素肥料の消費量はどう変わったか。アジアは29倍にも増えているわけですが、撒き方も分からず撒いている国があるということです。

2010年の世界の農薬使用量を見比べてみると、日本と韓国が圧倒的に多い。日本はOECD諸国の平均と比べると約17倍も使用しています。これは、農薬として分類されていないグリホサート製剤を道路沿いや線路、空き地の雑草駆除に使用しているためでもあり、そこまで非難はされていません。ただ、環境ホルモンの筆頭は農薬です。環境ホルモンとは「外因性内分泌攪乱化学物質」のことで女性ホルモンの一種。アレルギーや不妊、発達障害、学力障害などなど、様々な病状を招く恐れがあり、解毒するにはビタミンやミネラル、食物繊維を積極的に摂取した方がいいと言われています。

一方、有機農業はどうでしょう。有機農業とは科学費用や農薬に頼らず、堆肥や生物を利用して栽培する農法のこと。でも、国内の有機農業による農産物の生産量は、全体の0.2%しかありません。
消費者の調査をしても、食の安全性を確保するには、肥培管理や農薬散布など生産段階の改善をと考える人の割合が最も高い。土の大切さをみんなわかっているんですね。有機農法も慣行農法も、10アール当たりの生産コストにほとんど差はありません。ただ、有機農法は圧倒的に手間がかかる。一所懸命やっているけど、せいぜいイチゴが約2倍の収益を得られる程度です。つまり、日本の国民はオーガニックへの対価の認識が低い。曲がった野菜とか嫌がるでしょう、だから商品価値が落ちるわけです。本来、オーガニックの野菜は高くて当たり前。ヨーロッパは特別にオーガニック商品のコーナーがあって、そこで2倍ぐらいする商品をみんな買っています。

1850年に開かれた世界で一番古いイギリスのロザムステッド農業研究所は、有機物土壌の殺菌に有機物の堆肥を入れ続けた場合と、化学肥料を入れ続けた場合でどうなるか、150年もの長期的な実験を行ってきました。その結果、化学肥料を入れると有機物の量が下がり、有機物肥料を入れるとどんどん上がることがわかっています。今の日本ではあまり使われていない化学肥料でも、1850年頃から毎年溜まっていけば環境汚染物質ができてしまうわけです。だから長い目で根圏環境の保全と強化をしなくてはなりません。

私のデータになりますが、鹿児島県知覧におけるオーガニック茶園では、炭と有料退避の混合資材を茶園の土壌深くまで吹き込むという新工法を施工しています。施工から1年経過した畑では土の中の細菌や糸状菌の数が増加し、茶畑の状態も根の生育も明らかに良くなっていました。

鹿児島知覧町におけるオーガニック茶園

また、細菌や微生物には病虫害の抑制や残留農薬の分解、植物の免疫能の増加など、多くの機能があります。たとえば、ストレプトミセスという菌はフザリウムという病原菌の広がりを抑え、糸状菌の中にはネマトーダという線虫を絞め殺すものもいる。他にも、線虫を食べるクマムシとか、土壌には有用土壌動物がたくさんいるんです。連作障害の土はこうした菌が正常に働けない。化学肥料を使うと土の免疫力を上げると同時に、こういう機能をも殺している。本来の機能性まで失ってしまうんですね。

細菌が持つある種の特性を活かした研究も進んでいます。その1つが、超好熱細菌による『超高温・好気発法』の創生、バイオハザードフリー堆肥の製造です。これは、食品残材や家畜糞尿などの優良資材を、高熱を好む細菌の酵素熱によって完熟堆肥化する製法です。ありとあらゆる原材料を80℃以上の熱によって発酵させ、それと同時に大腸菌や病原菌、寄生虫卵などを死滅させますから、従来の堆肥技術よりも半分以下の期間で完全堆肥ができ、しかも、悪臭資化金による臭いも低減するという報告が出ています。この堆肥製造方法はすでにJAXAの宇宙農業の基礎技術として認定されており、地球環境の改善やゴミ問題の解決の糸口になる可能性も秘めています。

土には、まだまだ未知の可能性や未来のテクノロジーに活用できる余地がたくさんあるんですね。そもそも土とは何か、そして世界中で起きている地球規模の課題から先生が愛情もって育てられている畑の話まで多岐にわたりお話いただきました。金澤先生、ありがとうございました。